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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5101号 判決

原告 財団法人日本文化住宅協会

被告 国

主文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告から金壱千九百七拾四万八百四拾弐円を受領すると引換に原告に対し別紙目録〈省略〉記載の土地及び建物に付き昭和二十五年十一月八日附売買に因る所有権移転登記手続を為し、且之を引渡すべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決、並に引渡に付き仮執行の宣言を求め、請求の原因として、別紙目録記載の土地及び建物は旧中島飛行機株式会社武蔵野製作所工場及び其の敷地で、昭和二十四年十二月富士産業株式会社より大蔵省へ物納せられ、国有財産となつたものである。原告は戦後の深刻な住宅難に際し、当時戦時中の凄惨な被害を受けたまま巨大な残骸を晒し荒廃状態の下に放置せられてあつた旧中島飛行機武蔵野製作所工場を更生活用して耐震耐火の理想的一大庶民住宅(建設住宅一二〇〇戸、収容人員六〇〇〇人)を建設し、以て我が国刻下の社会的急務である住宅難緩和に寄与しやうとする公益上の目的達成を唯一の事業目的として昭和二十五年七月設立せられた財団法人である。夫れ故に大蔵省並に建設省の絶大な後援の下に、原告は目的達成の為同年十一月八日関東財務局長との間に国有財産である前記工場及び敷地に付いて売払契約を締結した。其の売買契約内容の骨子は次の通りである。

(一)  売払物件 別紙目録記載の通り

(二)  代金 金七千九百六拾八万参千壱百四拾参円

(三)  代金は第一回分納金を壱千九百六拾八万参千壱百四拾参円とし納入告知書に依つて指定期間内に之を支払い、残金六千万円に付いては昭和二十六年三月三十一日壱千万円、昭和二十七年三月三十一日及び昭和二十八年三月三十一日各弐千五百万円を年九分の利子を附して支払うこと。

(四)  売払物件は第一回分納金支払の日を以て引渡あつたものとし、買主は同時に申請の目的に従つて之を使用すること。

(五)  売払物件内の賠償機三〇〇〇余台は売主国及び現管理人と協議し、管理保全に万全を期すると共に機械の移転其の他一切に付いて買主の負担とする。

(六)  買主が本契約の義務を履行しないときは無条件で本契約を解除することができる。

然るに契約締結後予期せぬ朝鮮事変の勃発に依り社会経済状勢に重大な変化を来し、建築資財の価格急騰し、之が為に住宅建設計画遂行に予期せぬ障碍を受けた外、売払物件内に富士産業株式会社所有に係る賠償機械三五〇〇余台存在し、之が為同地域が賠償指定地域として此れ等機械の外部移転は不可能であり、又同物件の管理者である富士産業株式会社に於ても賠償機械に一指を触れることだに許さなかつた。本件売払契約締結に当つては、被告は賠償機械の移動は何等支障なき旨申渡し、其の他契約書に於て一方的に原告の責任と費用とに於て之を移転すべき旨定めたのみならず、第一回分納金払込と同時に申請の目的に従つて直に使用しなければならぬ旨約定せしめ、此れ等契約条項に違反するときは無条件で契約を解除する旨制裁規定を設けたのであつた。然しながら事実は上述の通りで、賠償指定の解除のない限り之を他に搬出移動することは不能であり、原告は契約締結後に至り前述の如く全く予期せぬ重大な支障を蒙り、之が為契約履行並に住宅建設計画遂行上に重大な影響を受け、惹いては払下代金調達に障害を来し、金主は為に逃避し、因つて被告の分納金納入に遅延を生ぜしめるの止むなきに至つた。ところが昭和二十六年末頃から物価も一応落着き、又其の頃賠償指定機械に関する制限も緩和せられた(次で昭和二十七年四月完全に解除せられた)ので、鋭意金策に努めた結果、昭和二十七年一月借入に成功、第一回分納金壱千九百六拾八万参千参百四拾四円及び延滞利子五万七千六百九拾八円、合計金壱千九百七拾四万八百四拾弐円を国庫代理店株式会社帝国銀行(現三井銀行)本店に納入し、次で第二回分納金に付いても即刻納入し得るやう準備を整へ、納入告知書の下付を待つばかりとなつて居た。然るに僅か納入を一ケ月懈怠した故を以て、被告は契約解除を主張し、納入金は原告に返戻せられた。原告は事の意外に驚愕し、調査したところ、契約解除の通知は昭和二十七年一月関東財務局より参議院議員会館内岩沢事務所宛に発送せられ、同会館受付に於て之を受取つたが、当時原告代表者理事長岩沢忠恭は同年二月上旬迄地方遊説の為秘書同伴不在中で、同人が実際に契約解除の通知を知つたのは第一回分納金納入直後であつた。契約解除は原告に致命的結果を齎すので、原告は直に契約復活嘆願書を提出し、契約の復活を申請すると共に、第一回分納金の国庫受領を懇請した。其の結果大蔵省当局より、契約解除を取消すことは事務上支障ある故、売払再申請に依る方法を採るべき旨指示せられたので、原告は之に基き同年七月一日売払再申請に及んだ。然るに夫れより約一週間後突如大蔵省当局より本売払物件は今回米国駐留軍宿舎に提供することに決定した為売払は中止する旨の沙汰を受け、同時に原告の消費した経費は別途に補償する旨申渡された。ところが其の後日を経るも原告の蒙つた損失補償に関しては何等具体化せず、原告は破局に直面するに至つたので昭和二十八年六月被告を相手方として東京簡易裁判所に調停の申立を為し調停が行はれた末同裁判所は昭和二十九年四月九日調停法第十七条に基く決定を為したが、同年五月四日原被告双方より異議の申立あり、決定は其の効を生ずるに至らなかつた。以上の如く原告は払下目的並に契約履行の為長年月に亘り役員職員共心血を傾け努力し管理保全にも万全を期する等多大の経費を投じた関係に在つて、被告の為した契約解除は抑抑無効である。其の理由次の如し。

(1)  本件売払契約は単純な国有財産払下契約ではない。本件契約は被災工場を活用して一大庶民住宅を建設し、刻下の社会的急務である住宅難緩和に寄与しやうとの国家的事業の遂行を目的として締結せられた契約である。而して此の目的達成の為には住宅計画の樹立策定と計画実施主体としての財団法人の設立、並に之に対する資金援助及び物件の払下等一連の不可分的手続過程が必要であり、本件売払契約の如きも、此の不可分的手続過程に於ける一段階の処分に過ぎぬ。即ち本件契約は此の国家的事業遂行の目的達成を主眼として締結せられたもので、単純に被災工場の払下処分夫れ自体を目的としたものではない。此の国家的事業遂行の目的の下に先づ事業主体である原告が財団法人として設立せられ、次いで被災工場を事業主体である原告に払下げる為に本件契約が締結せられたものである。謂はゞ原告は国の外部的機関として此の国家的事業遂行を目的として設立せられたものであり、原告の設立目的、役員の選定等総て当時の大蔵省及び建設省主脳部に依つて慎重に企劃選定せられたものである。国が公益の為或る事業を遂行せんとする場合には、或は国自身が事業主体として事業を営む場合があり、或は特殊法人を設立し、国が出資を為し、或は国が資金の援助斡旋を為して民間企業に之を行はしめる等其の体様は多岐に亘るが、住宅政策の遂行は戦後に於ける重要な国策であり、国又は地方公共団体に於て自ら住宅を建設し、或は住宅金融公庫を設けて一般私人に住宅資金を貸付ける等、住宅建設の推進に努力して居る有様である。原告と国との間に於ける本件売払契約は一般国有財産の処分方法である競争入札に依らず、随意契約の方法に依つて居る。会計法第二十九条本文は各省各庁に於て売買貸借請負其の他の契約を為す場合に於ては総て公告して競争に付さなければならないと規定し、其の例外として昭和二十二年勅令第百六十五号予算決算及び会計令第九十六条に於て、会計法第二十九条但書の規定に依り一般の競争に付することを不利と認める場合の外、左に掲げる場合に於ては、随意契約に依ることができるとし其の第二十一号は、公共用、公用又は公益事業の用に供する為必要な物件を直接に公共団体又は起業者に売払又は貸付を為すときと定めてある。而して本件売払契約は正しく此の条項に該当するものとして処理せられて居り、其の随意契約の理由として申請者は一般住民の住宅緩和の目的を以て住宅経営をする団体であるから随意契約に依り売払うものであると説明されて居る。之に依つても本件契約が一般住民の住宅緩和と言う国家的公共事業の遂行を目的としたもので、単純な国有財産の払下契約でないことは明白である。斯くの如き一種の公的性格を持つた本件売払契約を国自ら形式的契約違反に籍口して解除するが如きは、契約の趣旨目的から到底許さるベきものではなく、被告の為した契約解除の意思表示は無効である。

(2)  本件売払契約当時被告は原告が基本財産百万円を有するに過ぎない財団法人で本件払下代金を自己資金に依つて支弁する能力のないことを熟知し、原告が払下代金を他より資金援助若くは借入に依り分割納入するものであることは契約締結当初より当事者間に予定せられて居たところである。それ故本件売払契約に於ては代金納入期日の取極は原告が順調に資金の調達のできる場合を前提として定められたもので、必ず厳格に履行せらるべきものとは期待されて居なかつた。然るに上述の如く契約締結当時予見しなかつた朝鮮事変の勃発に依り、社会経済状勢に重大な変化を来し建築資財の価格急騰し、之が為契約当初の住宅建設計画の遂行に全く予期せぬ重大な支障を受け、例えば建築設計の如きも数次改変を余儀なくせられ、設計費ばかりでも六百万円以上を必要とするに至つた外、本件払下物件内には富士産業株式会社所有の賠償機械三五〇〇余台存置し、之が為地域が賠償指定地域とせられ、此れ等機械を撤去して他に移動することは不可能であることが判明するに至つた。之が為原告は折角銀行等金主を得ても、現状調査の結果破談となる仕儀に陥り、遂に第一回分納金の納入が遅延するに至つた次第で、賠償機械を本件払下物件より撤去し移動するか、又は賠償指定地域の解除の見通しのたゝぬ限り円滑に資金を借入れ調達することは全く不可能事であつたと云わねばならぬ。而して此の障碍は契約締結当時予見できず、且原告として如何とも為し難い事柄であるから、斯る原因に基き代金納入の遅延するに至つたことに付き、原告にのみ其の責を負はしめることは許されない。斯くの如きは契約書に謂う原告が本契約の義務を履行しないときには決して該当せず、之を基礎とする被告の契約解除の意思表示は無効である。

(3)  本件売払契約は単純な売買契約ではなく、払下を受ける原告にも前述本契約の公的性格に基き代金支払の外売払物件の引渡を受けた日から申請の目的に従つて之を使用せねばならぬ責務を課せられて居り、申請の目的に従つて本件払下物件を使用することは原告に取り容易ならぬ重大な責務である。之は廃物に等しい巨大な工場残骸を活用して一大庶民住宅を建設するとの一大事業で、原告は其の前提として、建設計画の樹立、建築設計資金の調達その他困難な準備を必要とするので、多大の犠牲を払つて建築設計を完了した。元来物件引渡の日は第一回分納金を納入した日で、納入を以て別に何等の手続を用ひず、完全に原告に引渡のあつたものとせられることに定められて居たので、原告は引渡受領後の責務の履行に対する十分な準備を整へた上でなければ買受代金の第一回納入を為し得ない関係に在つた。夫れ故原告の第一回分納金納入の遅延したのは先行的諸準備の為に時日を費やしたことに其の主因を存した関係に在る。又本件売払契約に於ては売払物件内の賠償機械は国及び現管理人と協議し管理保全に万全を期すると共に機械の移転其の他の一切に付き原告の負担とする旨規定しあり、原告は契約締結と同時に売払物件内に存する三五〇〇余台の賠償保全を期する責務を負はしめられた。依つて原告は本件物件内に事務所を設け六名の職員を常置して物件の監視に当らしめると共に物件の内外を清掃する等直接的現場管理費に参百四拾万円以上を支出し、誠心誠意義務の履行に尽くした。通常の国有財産の払下に於ても、代金納入が一時遅延したことを理由として契約を解除するが如きは極めて稀で、代金納入に付き宥恕すべき事情があり、将来代金調達の見通しの得られる場合は一年以上も代金納入を延期する例もあるところ、本件被災工場は本件契約成立に至る迄は何等の利用価値なく戦災を受けたまゝ巨大な残骸を風雨に曝し自然の腐蝕に任せてあつたもので、原告は此の廃物を更生して一大庶民住宅を建設することを計画し、此の計画が実現せられるときは東京都に於ける深刻な住宅難の緩和に寄与すべきこと明白であるから、被告が原告の払下代金の一時的遅延を理由として本件売払契約を解除するが如きは到底許さるべきものではない。元来本件売払契約は単純な売買契約ではなく、しかも原告の代金納入遅延も、前記の如く他の義務を履行するに付き意想外の出費と日時とを要したが為に外ならず、本件契約に定めた原告が本契約の義務を履行しないときと云うに該当するものではない。然るに被告が本件契約を単純な売買契約の如く取扱い、僅かな納入遅延を捉えて契約解除の拳に出でたのは信義則にも反し、極めて不当で、結局其の効はない。

(4)  被告が昭和二十六年十二月二十五日急遽本件売払契約解除を強行した真意は、本件物件を駐留軍宿舎として提供せんが為である。被告が真に代金遅延を理由として契約解除せんとするものならば少くとも予め文書を以て催告の上為すが至当であり、原告がやうやく苦心惨胆の末調達納入した代金を返戻するが如きことは有り得べからざることである。代金納入遅延に依つて被告の蒙るべき損害は延滞利子の支払に依つて治癒せられる程度の軽微なものであり、被告には是非とも契約解除の挙に出でねばならぬ正当な事由は存在しない。之に反し本件契約解除に依つて生ずる損害は極めて深刻広範囲で、一大庶民住宅建設の機会を永久に失はしめ、国が一方に於て庶民住宅建設の為住宅金融公庫を設置する等諸般の住宅政策に莫大な国費を支出して居る点と矛盾するのみならず、社会的にも庶民住宅の建設が切実に期待せられて居る今日、此の社会的要請を無視する結果を来すものであつて、社会的妥当性を欠くものであり、原告に対しては其の存立理由を失はしめ甚大な損失を蒙らしめることとなる。当時大蔵省は駐留軍宿舎提供の問題に付き苦慮した末、本件物件に着眠し偶々原告が払下代金の納入を遅延したのを奇貨とし、何等の予告なく契約解除に及んだ次第で、被告の契約解除は解除権の濫用で、此の点に於ても無効である。

(5)  原告は被告の契約解除の意思表示の到達以前である昭和二十七年二月七日第一回分納金壱千九百六拾八万参千壱百四拾参円及び延滞利子金五万七千六百九拾八円合計金壱千九百七拾四万八百四拾弐円を納入告知書を以て、株式会社三井銀行本店(当時の帝国銀行)に納入した故、契約解除は無効である。被告は契約解除の意思表示は原告代表者岩沢忠恭の参議院議員宿舎に到達したときを以て発効する旨主張するけれども議員宿舎は原告の主たる事務所又は岩沢個人の住所でもないこと明白で、従つて議員宿舎への到達に依つては契約解除の効力は生じない。議員宿舎は国会法第百三十二条に依り明かな如く、議員が議員たる職務執行の便に供する為設けられた施設で、議員会館受付には議員の職務執行と何等関連ない意思表示を受領する権限はないのみならず。議員は国会開会中を除き平生会館に居住し或は之を利用するものではないから斯る場所に意思表示が到達したことを以て直に意思表示が了知せられ得べき状態に置かれたものとは云へぬ。当時国会は閉会中で岩沢忠恭は地方遊説の為不在であつたこと、前記の通りで、同人が被告の発した意思表示を了知したのは同年二月十日以降である。

(6)  原告の払下代金納入遅延に付いては被告に重大な責任がある。即ち前記の如く本件契約に於ては、売払物件内の賠償機械は国及び現管理人と協議し管理保全に万全を期すると共に機械の移転其の他一切に付いては原告の負担とする旨規定せられて居るが、之は被告に於て賠償機械のみが賠償指定をうけたに止まり、本件売払物件は賠償指定地域ではなく、且賠償機械に付いては原告が容易に取払い移転し得るものと為し、原告も之を信じたか為契約するに至つたものであるが、当時被告の本件契約担当機関である関東財務局に於て賠償機械が果して法律上及び事務上移転可能なりや否や、本件物件は賠償指定地に非ざるや否や、賠償機械の存置する状態に於て本件物件の引渡あるも、原告が之を使用することの法律上及び事実上不可能に非ざるや否や等の点に付き必要な注意を為し、相当の調査考慮を払つたならば賠償機械が移転不可能で、賠償指定の解除なきまゝ賠償物件の存置する状態に於ては本物件の売払を為すも、原告は之を申請の目的に従つて使用すること甚だ困難であることは容易に知り得べかりしに拘らず、必要な注意を怠つた結果、前記の如き見解の下に本件売払契約を締結するに至らしめた次第である。而して斯くの如き契約条項が存した為、原告に於て非常な困難に当面し、代金調達に重大な支障を来し、惹いては代金納入遅延の結果を生ぜしめたこと前記の通りであり、此の意味に於て原告の代金納入遅延に付いては寧ろ被告に重大な責任があると云はなければならない。従つて被告の為した契約解除は此の点から見ても無効である。

而して見れば原告と被告との間に於ける昭和二十五年十一月八日附国有財産売払契約に因る法律関係は今猶有効に存続中である。原告は昭和二十七年二月七日被告に対し買受代金の第一回納入金及び延滞利子を提供したところ、被告は其の受領を拒絶したので、原告は本訴に於て被告より其の受領と引換に本件物件に付き所有権移転登記手続を為し、且其の引渡を為さんことを求めると陳述し、

予備請求として「被告は原告に対し金壱千七百七拾壱万参千円並に之に対する昭和三十一年三月一日以降其の完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、其の原因として、仮に被告の為した解除の意思表示が無効でないとしても、原告は予備として次の通り主張する。

(一)  原告は本件売払契約が失効するときは、致命的打撃を受ける為被告に対し代金受領を懇願すると共に契約復活を要請したところ、大蔵省当局は契約解除の取消は困難であるが、払下再申請書を提出するに於ては、先の払下代金に著るしい増額を加えず再払下に応ずる旨言明したので、原告は昭和二十七年七月一日附を以て払下再申請書を大蔵大臣宛に提出した。然るに同月十日頃大蔵省より呼出され本件物件は今回突如米国駐留軍宿舎用に充てることに決定したに付き払下再申請は断念せよ。但し其の代償として原告が今日迄に支弁した経費は別途に補償する旨申渡された。原告としては払下断念は過去四年余に亘る努力を水泡に帰せしめることゝなる為、困惑其の極に達したが、大蔵大臣の所要の所要経費を別途に補償する旨の確約を信じ、止むなく之を諒承し、払下再申請を取下げるに至つた。而して原告が其の設立より払下再申請取下迄の間に事業目的遂行の為支出した経費は相当多額に上るが、其の中金壱千七百七拾壱万参千円並に之に対する請求を為した翌日即ち昭和三十一年三月一日以降其の完済に至る迄年五分の割合に依る損害金に付いてのみ、前記確約に基き被告より其の支払を求める。

(二)  仮に然らずとしても、原告は本件売払契約締結以前である昭和二十五年八月一日より同年十一月八日売払契約締結に至る迄被告の為本件物件を管理し来り、其の事務管理費用として金四拾参万円を支出した外、本件契約締結の日より本件契約解除了知の時即ち昭和二十七年二月十日頃迄契約に従ひ本件物件の管理保全の万全を期する本物件を占有し管理の責に任じた。即ち関東財務局立川出張所指示の下に現場に事務所を設け事務員を配置し人夫を使用する等、監視、取片付、清掃等を怠らず、現場管理費用として金弐百七拾八万壱千弐百円及び管理継続の為必要不可欠な原告自体の所要経費として金四百五拾万四千四百円を支弁した。猶被告は本件物件を現在の米国駐留軍宿舎として改造建設するに当り、原告が長建設株式会社に対し金六百万円を費して作成した住宅設計図を全面的に利用実施したので、之に依り少くとも建築設計費金六百万円の支出を免れ不当に利得した結果となる。依つて原告は被告より夫れ等合計金壱千参百七拾壱万五千六百円の償還を求めると陳述し、被告の問に対し原告代表者岩沢忠恭が、昭和二十七年一月二十二日の国会開院式同月二十三日同月二十五日同月二十八日乃至三十一日同年二月一日より同月十日迄日曜日を除いた連日参議院に参議院議員として登院したこと並に契約解除の表意の発せられた当時原告の事務所は中央区銀座八丁目三には存在せず、江戸川区平井三丁目一〇六四原告理事山沢真竜方に仮事務所を置いても其の旨被告に通知しなかつたことは認めると述べた。〈立証省略〉

被告は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、本件土地の物納せられた日時、賠償機械が賠償指定の解除を受けぬ限り移転ができぬとの点、原告代表者岩沢忠恭が被告より契約解除の意思表示の発せられた当時地方遊説中で宛所に不在であつたとの点、原告が契約解除に依り損失を受けた額を否認し、原告のみに関する事項に付いては不知、其の余は被告が原告の払下再申請撤回に際し、原告の所要経費に関し補償を確約したとの点を除き総て之を認める。武蔵野市関前字八幡附一五の七宅地二三一八七坪八合及び其の地上の工場三四七九一坪〇七勺は戦時補償特別税納入の為富士産業株式会社より建物に付いては昭和二十四年十二月、土地に付ては昭和二十五年六月夫々物納せられ、関東財務局に於て国税局より引継ぎ管理に当つて来たところ、昭和二十五年七月原告より関東財務局長に対し住宅難緩和の為住宅建設を目的として土地及び建物の売払申請あり、同年十一月八日原告主張の通り年賦延納特約に依り原被告間に売買契約が締結せられた。而して其の契約に基く代金第一回分納金の指定納入期限は昭和二十六年二月二十日迄であつたが、原告は其の期日迄に納入せず、空しく八ケ月を経過したので、関東財務局に於ては、同年十月十八日附書面を以て納入を督促し、同月二十六日迄に不納の場合は契約を解除する旨警告したところ、原告は同月二十五日附を以て納入延期を申請した為特に納入期限は同年十一月七日迄延長せられたが、関東財務局に於ては、同年三月三十一日既に納期の到来した第二回分納金壱千万円に付いても併せて納入すべき旨を催告した。然るに原告は所定日時迄に第一回分納金すら納付できず、同年十二月二十日に至り関東財務局に対し納入期日の再延長を嘆願したので、同局に於ては当初の契約に依る「被告は原告が本契約の義務を履行しないときは無条件で本契約を解除することができる」との条項に基き本件契約を解除する旨の意思を表示した。而して其の表意は書面に依り原告事務所に発せられたが、原告の事務所所在地変更の故を以て送達せられず返戻せられた。そこで同局に於ては改めて昭和二十七年一月十日附書面を以て参議院議員会館内原告代表者岩沢忠恭宛其の旨再発送し、其の表意は翌十一日参議院議員会館に到達し、同日中に受付係より原告代表者岩沢忠恭に手交せられ之に依り本件売買契約は消滅に帰し、原告は爾後本件物件に関し何等権限はない。従つて被告の為した契約解除が無効で売買契約が有効に存続することを前提とする原告の本訴請求は失当であると陳述し、

原告の問に対し本件物件は被告の所有であるが、昭和二十九年五月十二日、昭和二十七年四月二十八日法律第一一〇号日米間安全保障条約に基く行政協定に伴う所有財産の管理に関する法律に基き、米国駐留軍をして無償を以て期間を定めず継続使用占有せしめて居る。其の返還を受ける可能性は存するが、時日は予測し難いと述べた〈立証省略〉

理由

原告が昭和二十五年十一月八日被告より別紙目録記載に係る国有財産に付き原告主張の如き約旨の下に払下を受けることに契約したことに付いては当事者間に争ないところであるが、被告は既に売買契約は解除に依り消滅した旨主張し、原告は被告の為した契約解除の効果を争うに依り審究するに、証人平野常雄、原島たけ、原島美意子の各供述、原告代表者本人の訊問の結果並に甲第一号証乙第一乃至第四号証第六及び第七号証の各一、二、証人原島美意子の供述より推して其の成立を認めるに足る乙第八号証の一、二の各記載を綜合すれば、原告より被告に対して支払うべき買受代金中第一回分納金壱千九百六拾八万参千壱百四拾参円に付いては、納入期日を昭和二十六年二月二十日と指定せられたが、原告に於ては之を納入せず荏再日時を過す中、当初より定まつて居た第二回分納金壱千万円の納入期日同年三月三十一日も忽ち徒過して了つたので、関東財務局に於ては原告の代表者に対し督促を重ねたところ、原告に於ては同年十月二十五日に至り納入延期を懇願し、関東財務局に於ては之を容れ同月二十九日之を承諾し納入期日を同年十一月七日迄延長し、万一不納入の場合は契約を解除する旨の警告書を作成し、其の翌三十日発送したこと、原告は猶其の猶予期間内に納入すべき代金を調達することができず、只管延期を懇願するばかりであつたので、関東財務局に於ては同年十二月二十五日に至り当初の契約条項に基き売買契約を解除する旨書面を以て表意通告したところ、其頃既に原告の自認する如く原告は中央区銀座八丁目三の事務所を他に移転した為、其の書面は翌年一月八日同局に返戻せられるに至つたこと、同局係官平野常雄は原告より事務所変更に関し届出もない為、そこで止むなく同月八日原告代表者岩沢忠恭が参議院議員であり、当時休会中にもせよ参議院議員会場内に宿所を有するところより、かつは従来も同局より原告代表者に対する書信を参議院議員会館宛に発し過なく受領せられた例あるに鑑み、参議院議員会館内原告代表者岩沢忠恭宛に返戻書面を其の儘封じ入れて発送し、其の書面は其の翌十一日同会館受付係に配達せられ、受付係より庶務係の手を経て名宛人の了知し得るべき状態に置かれたことを認めるに十分である。原告は其の代表者岩沢忠恭は地方遊説中で其の書面の内容を了知したのは昭和二十七年二月十日頃で其の前同月七日には第一回分納金及び延滞利子を取扱銀行に納入した故、被告の契約解除の表意は其の効を生ずることはないと主張するけれども、原告自ら昭和二十七年一月二十二日より同年二月十日迄の間は国会開催中で原告代表者岩沢忠恭は開院式並に議事の為日曜日以外には連日参議院に議員として登校したことを認めて争はず、従つて同人は少くとも其の頃は参議院議員会館内に居住宿泊して居たものと推定するに足りる。検第一、二号の対照検証の結果に依れば乙第八号証の二書留郵便物到着票に於ける受領印欄に記載せられた花押に原告代表者本人の当法廷に於て為した花押と必ずしも同一とは認め難いが、原告自ら検第二号花押は同人の祕書の為したものであることを認める以上、甲第十二号証の記載の如く岩沢忠恭が昭和二十七年一月九日には広島に旅行中で、被告発の解除の表意到着当時参議院議員会館に居住宿泊して居なかつたとしても、同人秘書に於て之を領領し如何に遅くとも岩沢忠恭に於ても同月二十二日迄には了知したものと断定できる。尤も、原告代表者本人の訊問の結果に依れば同人は自ら郵便物を開封することなく、原告に関するものは理事山沢真竜に交付し開封せしめるを例とし、従つて被告発書面の内容を真実了知したのは後日に属するにしても、了知し得べき状態に置かれたことを認めるに足ること前叙の通りである以上、前叙認定にも亦変更を来たすことはない。而して見れば原被告間に於ける本件売買契約は遅くとも昭和二十七年一月二十二日には解除に依り失効したものと為さざゞるを得ない。他に此の認定を妨ぐべき証拠はない。

猶原告は被告の為した解除の表意の不当なことを種々難じ、其の効力を争うが、本件売買契約が如何に公共的性質を帯びて居たにしても、民法売買に関する規定の適用が除外せらるべき謂はれなく、しかも前叙認定の如く原告は十二分に納入猶予を受けた上、猶予期日にも納入し得ない為、被告に於て解除権を行使するの外なきに立至つた関係で従つて被告に急遽本件物件を利用せねばならぬ状況を生じたにもせよ。被告の解除権行使は信義則にも反せず、権利の濫用でもないのは勿論、原告の納入遅延が被告の責任に基くとか原告の義務違背とならぬ等云へる筋合ではない。

従つて売買契約の有効に存続することを前提とする原告の本件物件に関する所有権移転登記手続並に其の引渡を求める本訴は之を認容するに由なきものと云はねばならぬ。

原告は以上の外予備として払下再申請取下に際し結ばれた被告との特約に基き原告の所要経費の補償或は事務管理費及び不当利得返還の請求を為すが、本件に付いては、当初より準備手続を命じ、昭和三十年七月二十八日準備手続を終了した関係に至るところ、原告の予備請求は準備手続終了後の昭和三十一年二月二十五日附請求並に請求の原因変更の申立と題する書面に初めて明確に記載せられ、同月二十九日の口頭弁論期日に陳述せられたものであり、請求の因つて生ずる根本には変更なく、又其の片鱗は準備手続中にも事情として現はれて居らぬでもないにもせよ攻撃及び防禦方法は主たる請求に関する部分の夫れとは全然異なり、新に互に立証を要し、従つて著るしく訴訟を遅延せしめるに至るものと認められるのみならず、原告が準備手続中に之を主張しなかつたことに関し重大な過失のなかつた旨の疏明も存しない以上、斯る請求は民事訴訟法第二百五十五条に則り之を許さゞるものと為すのを妥当とする。

依つて訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決することにした。

(裁判官 藤井経雄)

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